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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4667号 判決

本訴原告(反訴被告)

破産者ヤマト電気エンジニアリング株式会社破産管財人

本井文夫

(以下「原告」という。)

右常置代理人弁護士

桑山斉

秋山洋

本訴被告

株式会社住友銀行

(以下「被告銀行」という。)

右代表者代表取締役

森川敏雄

右訴訟代理人弁護士

川村俊雄

本訴被告(反訴原告)

東日本建設業保証株式会社

(以下「被告会社」という。)

右代表者代表取締役

丸山良仁

右訴訟代理人弁護士

樋口俊二

五百田俊治

主文

一  原告の本訴請求を棄却する。

二  別紙預金目録記載の預金につき、被告会社が預金債権者であることを確認する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  別紙預金目録記載の預金につき、原告が預金債権者であることを確認する。

2  被告銀行は原告に対し、金五五六二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第2項につき仮執行の宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

三  反訴請求の趣旨

1  別紙預金目録記載の預金につき、被告会社が預金債権者であることを確認する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告会社の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告会社の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告は、平成五年二月一八日午前一〇時に大阪地方裁判所により破産宣告決定がされた電気工事の設計・施工・監理等を業とするヤマト電気エンジニアリング株式会社(以下「破産会社」という。)の唯一の破産管財人である(大阪地方裁判所平成五年フ第三〇八号)。

被告会社は、公共工事に関する前払金の保証事業等を営む株式会社である。

2  破産会社は被告銀行(取扱店東陽町支店)との間で、平成三年一〇月二二日、別紙預金目録記載の普通預金口座(以下「本件預金口座」という。)を開設した。

破産会社は、平成五年二月八日、右預金口座に金五五六二万円を預託し(以下「本件預金」という。)、もって被告銀行との間に右金員の預託契約を締結した(以下「本件預託契約」という。)。

3  原告は被告銀行に対し、本件預金の返還を請求したが、被告銀行はこれに応じない。

4  被告会社は原告に対し、被告会社が本件預金の預金債権者であり、破産財団に対して取戻権を有すると主張し、本件預金の帰属を争っている。

よって原告は、被告らに対し、本件預金の債権者が原告であることの確認を求めるとともに、本件預託契約に基づき、被告銀行に対し、金五五六二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  被告銀行

(一) 本訴請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実のうち、平成三年一〇月二二日に本件預金口座が開設され、平成五年二月八日に右預金口座に金五五六二万円が振り込まれたことは認める。

(三) 同3の事実は認める。

2  被告会社

本訴請求原因事実は認める。

三  被告銀行の抗弁

本件預金口座は、被告会社と被告銀行との間で昭和五一年四月一日に締結された業務委託契約に基づいて開設されている別口普通預金の一つで、同預金は右契約書所定の「預託金の使途内訳及び証明資料を添えて……請求」し、「その内容が」被告会社から送付されている「使途内訳明細書に符合するとき」に限って払出しができることになっており、原告からは右使途内訳等の提出がないので、払出請求には応じられない。

四  被告らの抗弁及び被告会社の反訴請求原因(以下「反訴請求原因」という。)

1  本件預金は、平成四年一二月二二日、発注者関東地方建設局、請負者破産会社、工事完成保証人浅海電気株式会社(以下「浅海電気」という。)間の皇居周辺照明灯改良その2工事の請負契約につき、破産会社が被告会社の前払金保証を受けて、平成五年二月八日、発注者から被告銀行東陽町支店の破産会社名義の別口普通預金(以下「本件別口預金」ともいう。)へ振込みの方法で支払を受けた前払金である。

2  公共工事の前払金保証制度は、公共工事の前払金保証事業に関する法律(以下「法」ともいう。)及びこれに基づく保証会社の事業方法書・前払金保証約款等に従って実施され、前払金は請負者が適正に当該公共工事に使用する制限を受け、一般財産への混入を防止するため、別口普通預金として管理されその特定性を維持するものである。

3  平成五年二月一〇日、破産会社が出来高皆無の状況で発注者に工事続行不能届を提出したため、同日、発注者は工事完成保証人浅海電気に対し、工事の完成を請求したことにより、同社は前記請負契約に基づく破産会社の権利及び義務を承継し、本件別口預金も当然にその権利を承継取得した。

4  平成五年二月一八日、破産会社は破産宣告を受けたが、この時点で浅海電気は破産財団に対し、一般の取戻権を有することになった。

しかし、浅海電気は取戻しを実行しないまま工事を完成し、前払金相当の破産会社に対する求償債権の支払を被告会社に請求したので、被告会社は、法一三条の二及びこれに基づく被告会社前払金保証約款(以下「本件約款」という。)附則一条により、平成五年九月二八日、浅海電気に対し金五五六二万円を弁済し、本件約款附則一四条により、工事完成保証人が請負者たる破産会社に対して有する権利、すなわち、本件別口預金の権利並びに破産財団に対するその取戻権を取得した。

よって、被告会社は、本件預金につき、預金債権者は被告であることの確認を求める。

五  被告銀行の抗弁に対する認否及び主張

被告銀行の抗弁事実のうち、被告銀行の主張する被告会社との業務委託契約に基づく払出制限の合意があることは認め、主張は争う。

被告銀行の主張する右払出制限の合意は、破産会社が破産し、破産財団の管理及び処分権限が破産管財人たる原告に専属した以上、被告会社及び被告銀行が本件預金の使途を監査する必要性など全くないし、また、破産管財人である原告に対して到底対抗し得ない合意にほかならない。

六  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1の事実のうち、単に専用口座という意味を超えて別口普通預金なる預金の種別があることは否認し、その余は認める。

2  同2の事実のうち、公共工事の前払金保証制度が法及びこれに基づく保証会社の事業方法書・前払金保証約款等に従って実施されること、及び前払金は請負者が適正に当該公共工事に使用する制限を受けることは認め、一般財産への混入を防止するため、別口普通預金として管理されその特定性を維持するものとの点は否認ないし争う。

3  同3の事実のうち、平成五年二月一〇日、破産会社が出来高皆無の状況で発注者に工事続行不能届を提出したため、同日、発注者が浅海電気に対し、工事の完成を請求したことにより、同社が前記請負契約に基づく破産会社の権利及び義務を承継したことは認め、本件別口預金も当然にその権利を承継取得したとの点は否認ないし争う。

4  同4の事実のうち、平成五年二月一八日、破産会社が破産宣告を受けたこと、浅海電気が工事を完成し、被告会社に対して金五五六二万円の支払を請求し、被告会社が平成五年九月二八日に浅海電気に対し金五五六二万円を支払ったことは認め、その余は否認ないし争う。

七  反訴請求原因に対する原告の反論

本件預金口座は、破産会社と被告銀行との間で口座開設したものであるし、預金名義人も破産会社であって、本件預金口座宛振込送金をした関東地方建設局も破産会社に帰属する預金であることを前提に前払金を振込送金して請負人たる破産会社に支払ったものであるから、本件預金は破産会社に帰属する以外にはあり得ない。

しかも、公共工事の前払金保証事業に関する法律等には、被告会社が特段法律により本件のような預金について取戻権を有するとか、質権を設定するなどといった破産管財人に対して対抗し得る債権保全の手段について何らの規定もない。

このように、被告会社の主張する取戻権には何ら特段の法的根拠もないにもかかわらず、右に述べた事実関係のもとで被告会社が本件預金について取戻権を有するなどということは到底あり得ない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  本訴請求原因事実のうち、原告が破産会社の破産管財人であり、被告会社が公共工事に関する前払金の保証事業等を営む株式会社であること、平成三年一〇月二二日に本件預金口座が開設され、平成五年二月八日に右預金口座に金五五六二万円が振り込まれたこと、原告が被告銀行に対し本件預金の返還を請求したが、被告銀行がこれに応じないことについては当事者間に争いがなく、被告会社が本件預金の預金債権者であると主張し、本件預金の帰属を争っていることについては、原告と被告会社との間においては争いがない。

二  そこで、本件預金債権の帰属について検討する。

1  反訴請求原因事実のうち、本件預金が、平成四年一二月二二日、発注者関東地方建設局、請負者破産会社、工事完成保証人浅海電気間の皇居周辺照明灯改良その2工事の請負契約につき、破産会社が被告会社の前払金保証を受けて、平成五年二月八日、発注者から被告銀行東陽町支店の破産会社名義の本件預金口座へ振込みの方法で支払を受けた前払金であること、公共工事の前払金保証制度が公共工事の前払金保証事業に関する法律及びこれに基づく保証会社の事業方法書・前払金保証約款等に従って実施され、前払金は請負者が適正に当該公共工事に使用する制限を受けること、平成五年二月一〇日、破産会社が出来高皆無の状況で発注者に工事続行不能届を提出したため、同日、発注者は工事完成保証人浅海電気に対し、工事の完成を請求したことにより、同社は前記請負契約に基づく破産会社の権利及び義務を承継したこと、浅海電気が工事を完成し、被告会社に対して金五五六二万円の支払を請求し、被告会社が平成五年九月二八日に浅海電気に対し金五五六二万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

2  〈書証番号略〉によれば、本件前払金の受入科目は別口普通預金とされ、原則として前払金保証契約一件ごとに一口座を設けることとされていること、その払出しについては、被告銀行は請負者から預託金の使途内訳及び証明資料を添えて払出しの請求を受けた場合、その内容が被告会社から送付されている使途内訳明細書に符合するときに限って払出しができることになっていること、したがって、前払金は一般財産への混入を防止するため、別口普通預金として管理されその特定性を維持するものとされていること、本件工事請負契約書三八条二項によれば、工事完成保証人は、発注者が工事完成保証人に対して工事を完成すべきことを請求した場合には、この契約に基づく請負者の権利及び義務を承継することが規定されており、工事完成保証人が承継する権利について何らの限定もされていないこと、発注者が工事完成保証人浅海電気に対し工事の完成を請求したことにより、同社は前記請負契約に基づく破産会社の権利及び義務を承継し、本件別口預金に対する払出請求権も承継取得したこと、平成五年二月一八日、破産会社は破産宣告を受けたが、この時点で浅海電気は破産財団に対し一般の取戻権を有することになったが、浅海電気は取戻しを実行しないまま工事を完成し、前払金相当の破産会社に対する求償債権の支払を被告会社に請求したので、被告会社は、法一三条の二及びこれに基づく本件約款附則一条により、平成五年九月二八日、浅海電気に対し金五五六二万円を弁済し、本件約款附則一四条により、工事完成保証人が請負者たる破産会社に対して有する権利、すなわち、本件別口預金の権利並びに破産財団に対するその取戻権を取得したことが認められる。

3  そこで、浅海電気ないし被告会社の本件別口預金に対する権利並びに破産財団に対するその取戻権が破産管財人に対抗できるか否か検討する。

本件預金債権は、発注者が工事完成保証人である浅海電気に対し、工事の完成を請求したことにより、浅海電気が請負契約第三八条一・二項に基づき、破産会社から取得したものであるところ、前掲乙第二号証によれば、工事完成保証人は、請負人が工事請負契約による債務を履行しない場合履行責任を負い、履行責任を尽くさない場合は損害賠償責任を負うことになるのであるから、保証人・物上保証人と同視できる地位にあること、本件請負契約に基づく債権については、発注者が工事完成保証人に対し、工事の完成を請求したという事情が生じれば、債権者の意思に関係なく当然移転するものであり、債務者その他の第三者は一定の事由に基づく債権移転があることを予期すべきであるから、対抗要件を不要と解しても債務者その他の第三者に不測の損害を与えることはない点で、法定代位による債権移転と法構造的に同視できるといわなければならない。

また、本件預金債権が浅海電気から被告会社に移転した経緯についてみても、〈書証番号略〉によれば、本件預金債権は、法一三条の二及びこれに基づく本件約款附則一条により被告会社が浅海電気に弁済した結果、法一二条に基づく本件約款附則一四条により被告会社が浅海電気より取得したものであり、請負者(破産会社)は右約款を承認のうえ被告会社に対して保証を申し込んでいるのであるから、法定代位による債権の移転と同視しても債務者その他第三者に不測の損害を与えることはないといわなければならない。

そうであれば、いずれの債権移転も、法定代位による債権の移転と同様に、民法四六七条の適用はなく、被告会社は同条二項の対抗要件を具備することなく、原告に対して債権移転を対抗できると解するのが相当である。

三  以上の認定によれば、本件預金債権は、被告会社に帰属するものであるから、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、被告会社の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官島田清次郎)

別紙預金目録 〈省略〉

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